中村航「夏休み」

夏休み (河出文庫)

夏休み (河出文庫)

どうしよう、素晴らしく好きだ。最初に読んだ「リレキショ」は、今でも内容が情景としてはっきり見えるほど純粋で、凝縮された世界を描いた素敵な作品だった。こちらはストーリーがもっと分散している印象があったけれど、文章の心地良さは感動に値する。
柔らかく静かで気のきいた比喩や少しとぼけた愛すべき会話は、村上春樹に通じるところがある。けれどそれが文章全体にちりばめられているので、飾りだけで成り立っているような感があって、その点で肯定と否定に分かれているようだ。確かに苦手な人はあざとい、とか気取ってると感じるかもしれない。けれど、お茶の入れ方からカメラの内部、草津の温泉や賭けの意義に至るまで、さまざまな小宇宙を美しい文章にのせて提示してみせてくれた中村航を私は愛する。特に吉田君がカメラの分解について語るところは、私にとっておおよそ完璧な成り立ちをしている。
登場人物がみんな魅力的なのも良い。思慮深いママ、説得力のあるユキ、美しい所作でビールを飲む舞子さん、子供のようだけれど愛らしい吉田君、レンタカー会社の工藤さんまでもが、そっと手を取り合ってマモルの世界を形成する。この本においてはストーリーは二の次でいいんじゃないかとさえ思えてくる、そんな文章。